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ここ最近でワロタ動画

こないだyoiutubeサーフィンしてたらRS750→SS750→SS500となってゆき、SS500の所では大阪の
ライダーズカフェMACHⅢ(マッハスリー)に行きつきます。
旧車好き、オートバイ好きが集まるカフェです。

きれいなSS750に乗られるそこのマスターが「ウザイ!」と評判。
その件で、大阪人なら皆見てる”探偵ナイトスクープ”という番組に調査依頼があったということで動画を見ました。


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1975

補正100-8小VANFIAM3連ホーンはZⅡ標準装備w補正100-7小パラララ



1975年の熊本は”やまなみハイウエイ”です。
当時全盛だったVAN。
VANのスイングトップ、コッパン(コットンパンツ)、ブレーバーで身を固めてます。

石津謙介氏が大阪市南区で創業した石津商店がVANの前身。
VAN設立後ドリズラータイプのブルゾンをスイングトップと命名。
以後この型のブルゾンはスイングトップが通名となる。

300px-VANブランドタグ


市販されてたスイングトップの襟の形はドッグイヤータイプが多くかった。
後年20代前半の時に2万数千円出して買ったバラクータのG9もドッグイヤーでした。

baracuta-g9-slimfit-coats.jpg

これはホント秀逸なブルゾンでした。
風を通さず暖かい。袖のフライスも柔らかくしっかり締めてくれる。
表地はきめの細かい織り目の上等な生地。裏地のタータンがチラっと見えるのがお洒落。
元々はゴルフウエアとして開発されたのだが当時はサーファーに人気があって、「タン」が人気色でした。
ゴルフウエアだけあってオッサンに良く似合うので今欲しいアイテムです。

戻って1975。
ズボンはズボンでパンツなんて小洒落た呼び方はしなかったが、なぜだか「コッパン」は言った。
綿パンでもなく、チノパンなんて語句は知らん。
コッパンで裾17センチが良かった。
ちなみにポケットは「立てポケ」がオシャレだった。斜めポケはイモ。

靴は白のスニーカーが良かったけど画像のブレーバーも流行ったなぁ。
ちょっとヤンチャな連中の間では定番。
ニュートラ(ニュートラディッショナル?)なるカテゴリーが生まれ、ニットのズボンにブレーバーが多かった。

アイビーと同時進行して流行してたヨーロピアン。
アイビーのスリムやストレートに対し、裾の開いたラッパズボン。
JUNが代表格のメーカーだったけど、デパートのバーゲン(当時はファッションビルなんてあんまり無かった)では
VAN,JUN、TACが常連で時々EDWARDが加わった。

アイビーファッションはすたれ気味の時期で、ヨーロピアンも勢いを失ってた・・・が。
世の若者が全員感化されたと自分は思ってる「傷だらけの天使」が放映されてたのがこの頃。
このドラマは我々若者に衝撃を与えた。
日本中が木暮 修と乾 亨になった。

亨(水谷豊)のようにポマード(やチック)でベッタリのオールバックにし、白いTシャツにスカジャン。
・・もやったし、何よりも修(ショーケン)のmen'sBIGIファッションがめちゃくちゃカッコよかった!

ぼちぼちと増え始めたファッションビルに入るショップ。
そんな中でデザイナーズブランドを扱ってる店で常時ウインドショッピング。
それまでは阪急ファイブの「五番館」でJUNなどを買ってたけど、アルバイトしてもらったお金を握りしめて富国生命ビル
の「三愛」でBIGIやムッシュニコル、グラスの服や靴を買う。
それらを身に纏ったら、身も心もショーケン!

kizudarake.jpg

オープニングのコレは全国の若者全員がやっただろう。
トマトとコンビーフ、牛乳を買ってきて胸に新聞紙を突っ込みむさぼり食う。
コンビーフのマズさに辟易するが我慢。
牛乳のフタを口で開けてググっと飲む。
BGMはもちろん傷だらけの天使。
間違っても綾部貴子(岸田今日子)の不気味なクラシックを流してはいけません。


あの日のひとコマ

補正100-7小 補正100-6小 補正100-5小

補正100-4小 補正100-3小 補正100-4小

これはたしか前年の沖縄
補正100-12小

笠かぶったヤツとサングラスのヤツがブレーバー

並川 山根 臼田 ワシ 山本







オートバイとお笑いが好きな人には楽しい動画




日本自動車博物館

岩手の北上→翌々着大阪の行程。
R107で日本海側の由利本荘に出てR7、R116、R8で敦賀に向かい、その後はR161で滋賀に入ります。
「さぁどこの温泉行こかな?」と考えた時ふと思い出した。
「そうや!日本自動車博物館や!」
かねてから時間の余裕のある時に寄ろうと思っていた所です。

北上スタートが18時くらいだったので睡眠時間は2時間ほど。
翌日の13時に石川県小松市の目的地着。
3時間館内を歩き回って16時に出発。
内40分くらいは館内スタッフのおねーちゃん(スタッフは石黒産業社員で自動車部か自動車課って言ってた)としゃべってました。

富山~石川で展開してる石黒産業という会社が経営母体。
ここの3代目社長である前田彰三氏が一代で集めたとのこと。

入館料は¥1000。高いか安いかは人それぞれ。
ただしコレクションのラインナップからして懐かしさを感じられるのは50才台くらいからかな?


P1090394.jpgなんでトラック止まってるんかな?と身内で話してたらしい


P1090555.jpgP1090540.jpgP1090539.jpg
P1090541.jpg当時の最高傑作トヨタ2000GTと27トレノがお出迎え


P1090397.jpgTE47トレノ この型のレビンの形式名はTE37natukasi 00222

ごく普通のカローラがメチャ速というのがよかった
27は外見上はオーバーフェンダーで区別できたけど37はモロ、カローラw


P1090399.jpgどんだけ四角いねんwというシルエットが当時は流行ってた

国内ラリーがエンジンノーマル時代に三菱が出した飛び道具
非力ながらトータルバランスで勝ってたTE71GT4ドアセダンに割って入ったイスズのジェミニZZ。
71の115psに対し130psのハイパワーだったけど、ダブルウィッシュボーンの複雑な足回りは悪路に向かずボディもかなり補強が必要だった。また財布に優しくない価格だったんで小市民プライベートには敷居が高かった。
そこに登場したのがこのランサーターボ。
サファリで名を馳せたチーターを思わせるスタイリングから一新してカクカクシカジカ。
でなんと言っても絶大(当時は)なパワー。
ターボという奴隷にムチを振るうような機械を載せて最高出力は150ps。
またボディ剛性もしっかりしてて地方ラリーレベルでは補強も要らなかった。
それと財布に優しいお値段が国内ラリーで一気にシェアを拡大。
ただしターボ特性がドッカン的要素を含んでたんでトップレベルしかその性能をフルに発揮できなかった。
でも下のレベルでもパワーにものを言わせて、カーブはゆっくり、立ち上がりでオリャー!と行くリスクの少ない走りができた。
フロントスカートの「turbo」の逆さ文字が先行車のミラーに写って正立の文字になる演出がニクイ。


P1090452.jpgギャランGT-O MR

動力性能ではMR、外見ではオーバーフェンダーのGSRと買いもせんのに悩んだ
ヒップアップクーペという小洒落たデザインも売り。

P1090456.jpgFTO-GSR

コンパクトなボディにレビントレノと同じ115ps。リミテッドスリップデフ装備に何と言ってもオーバーフェンダー。
GTOの弟分だが個人的にはこっちの方が好きだった。
グランツーリスモのゲームではコイツの4駆にお世話になりました。


P1090518.jpgP1090519.jpgスカイラインGT,GT-A、GT-B

ハコスカGT-RKPGC10は最高!
高知に行ったらハコスカGT-Rには気を付けないといけない。
またヤンチャなウンコ色のZ、ソアラ、セドリックなどが居るが、女性が一番気を付けないといけないのが
白のクレスタ!
(シャコタン ブギより)


個々のコメント書くのめんどくさいんでまとめて。


<小学生の時街を走ってた車>

P1090553.jpgP1090552.jpg
コロナマークⅡ レモンイエローのボディに黒のレザートップ、ボンネットには虎のデカールがカッコよかった

P1090547.jpgトヨペットコロナ カローラよりも上流意識

P1090546.jpgコロナコンバーチブル

P1090530.jpgこのセドリックもちょくちょく見かけた

P1090516.jpg同級生の間では「縦のセドリック」「横のセドリック」と呼ばれてた

P1090529.jpg
P1090478.jpgエスハチやヨタハチもよく走ってました(画像はS500)

P1090517.jpgプリンススカイライン 挑戦的な目がよかった

P1090513.jpg当時の日本最高級車 日産プレジデント

P1090511.jpgプリンスグロリア

顔つきがまさにプリンス。父親の関係の人の車に乗せてもらったことがあったなぁ

P1090510.jpgP1090508.jpgニッサンブルーバード

右の古い方は同級生の父親が乗っててよく乗せてもらった
510は大好きな車。オレンジのSSSクーペ最高!

P1090503.jpgP1090502.jpgホンダN360、ホンダ99クーペ

レーシングストライプのN360、メッチャカッコ良かった。
将来絶対あれに乗るぞ!ノートに加わったものの自車としては叶うことがなかった。
でも中3の頃に悪ガキ仲間と遊んでたら怪しいオッサンにこの車をもらって空き地で乗り回してたなぁ。
そういや別の怪しいオッサンにカブももらったな。
両方今あればお宝w


P1090506.jpgP1090507.jpgダイハツバタコ ミゼットの原型

街中ではミゼットやマツダオート3輪がよくコケてた

P1090488.jpgP1090436.jpg
左はスポーツモデルのスバル360ヤングSS


P1090476.jpgフェアレディSR311

P1090461.jpg三菱ミニカ

P1090446.jpgいすずベレット

オレンジに黒のボンネット「のGT-Rはかっこ良かった

P1090427.jpgいすず117クーペ
これのXEをよく見かけたが、ヨシムラの機械曲げと手曲げの違いの如く手作りのX・・何やったかな?が流麗やった


P1090473.jpg日産シルビア

流麗といえばコレ。小学生の頃に仲間と街を探し回ったが滅多に見れなかった


P1090407.jpgマツダコスモスポーツ

ウルトラ警備隊にも採用された未来的なデザイン
世に出るのが速すぎた?


P1090412.jpgリアビューが個性的なマツダキャロル

枚方パークでは園内のコースを小学校高学年なら走ることができた
もちろんスタッフ横乗り
車好きのガキにはたまらん遊具(?)やった


P1090495.jpgトヨタパブリカ800

名の示す通り大衆車の代表格。
この後KP47パブリカスターレットを経てKP61スターレットに進化。


<このへんからはもう少し大きくなってからの時期>


P1090400.jpgトヨタスターレット

車歴の最初はKP47スターレット。
→TE37レビン→KP61スターレット(丸目)→TE71GT→KP61スターレット(角目最終型)
だったんでスターレットとの付き合いは長い。
富士ツーリングカーレースで常勝のB110サニー軍団の連勝をストップさせたのがこのスターレットのKP47。
ただし我々ユーザーが与えられたOHVエンジンではなく、特製DOHCヘッドを載せた飛び道具だったが。
サニーのA12もモーターのように回って良いエンジンだったが、スターレットの3K-Uもよく回った。
共に高回転時のバルブサージングはお約束。


P1090415.jpgP1090414.jpgマツダサバンナとファミリア

ファミリアはレシプロエンジンのファミリーカーが主力だったけど10Aロータリーエンジンを積んだスポーツモデルは別格。
万博外周道路ではファミリアロータリーやカペラロータリーがスターだった。
後にサバンナが出てきて勢力図が変わる。
皆3連~6連のエアーホーンを装備していて、閑静な万博跡地にゴッドファーザー愛のテーマや夜空のトランペットの音色が響き渡っていた。
この頃のマツダ中古車は安く、お約束の免許を取ったら15万のサニークーペと同額だった。
ちなみに二輪版の免許を取ったらCB750もそれくらいの相場だった。

そのサバンナ。
前出のスターレットが常勝サニーを止めたのと同様に、常勝スカイラインの連勝を49で止めたのがサバンナだった。
いかつい顔つきに強大なパワー。ガソリンもリッター80円くらいだったのでリッター3~4キロでも問題なし。
チューニングショップでは巨大なワークスフェンダーも扱っていて気分は片山義美。


P1090558.jpg

博物館の勝手口的なドアには社名が入ってました。
創設者の初代館長はカメラにも凝っていたようでお宝写真機が展示されてました。
個人レベルでの収集なので一世を風靡した車種が無かったりするけど、メーカー系のミュージアムと違いいろんな車種があるのがいい。
他にも数多くの外車、昔のトラックなどもあります。
二輪もあるけど、あくまでも自動車博物館なので四輪がメイン。


P1090528.jpgP1090525.jpgP1090524.jpg
陸王、モトコンポ、Z50Mやらもっと古い時代のも含めて5~60台くらいかな。
CB750fourやCB350fourはスペースの加減でトラックの裏に放置。


ま、国道8号沿いなので機会があれば通りがかりに寄ってみる価値はあるでしょう。
ひとつ勉強になったのは金沢の人間は金沢カレーが普通だと思ってたら、家で食べるカレーはバーモントカレーのような普通のカレー、レストランでもカレーを頼めば普通のが出てくるそうです。
石川ではチャンピオンカレーやゴーゴーカレーが標準だと思ってた。
ちなみにここの博物館のレストランの名物カレーは先代の奥さん考案品でチャンピオンやゴーゴーのように長時間煮込んだ金沢カレーとのことでした。




























































古き良き昭和の時代のバス・・・に付いてた花瓶

前々から欲しいと思ってたやつのひとつを買っちゃいました。
金額の数字自体は知れてるけど、これがこの値段!というので躊躇してました。
100均にもありそうなアイテムなので100均はじめあれこれ探したけど見当たらなかった。
仕方なしに安城と音羽にある24時間営業のトラックショップ「車留満」(シャルマン)で購入。
¥1890というお値段でした。

花瓶2

まぁ今どき大量生産してないからコスト高もやむなしと自分を納得させました。
・・にしてもトラック用品は高い。


昭和30年代~40年初頭、当時大阪は枚方市の香里団地に住んでました。
普段の買い物は地元の公設市場やピーコックに行くけど、ちょっとしたものを買う時は香里園にあるスーパーマーケット「シロ」(→ジャスコ→イオン)に行くのが住民たちのステータスでした。
スーパーマーケットと言っても現在のそれらには遠く及ばない場末のシネマみたいなもんでした。

で、それよりも大きな一大イベントが大阪にあるデパート(百貨店ではなくデパート)に行くということでした。
もうそれは大変なことで、よそ行きを着て出かけるのです。
京阪沿線だったので北浜の三越が行きやすかった(当時は天満橋の松坂屋はまだ無かった)けど、京橋で国鉄の省線(現JR大阪環状線)に乗り換えて大阪駅で降りたら、そこにそびえ立つのが阪急デパート。
巨大な8階建てくらいのビルディングは圧巻でした。
もちろん目当ては屋上遊園地と大食堂でのお子様ランチ。
よく母に連れられて行ったものです。

そうしてお出かけをするためには京阪電車に乗らなければなりません。
その電車に乗るには駅まで京阪バスで行きます。
枚方市駅、枚方公園駅、香里園駅。
共に同じくらいの距離ですが、香里園駅が一番大阪寄りなのでその後の電車賃が若干安く済むので香里園駅を多用してたように思います。

ブタバス

我々子供の間では「ブタバス」と呼んでたボンネットバス。
小学校中学年あたりまで現役で走ってました。
子供=乗り物好きの公式はほとんどの男の子に当てはまり、もちろん自分も例外ではありませんでした。
運転席直近に座り運転手の操作を食い入るように見つめる。
シンクロなんて未来的な機能は装備されてないので、運転手独特のサンダル履きの足は目まぐるしく動く。
当然パワーステアリング?何でっか?それ?だったので異様に大径の細いハンドルを右に左に。
曲がる時にバスの横面から出るのが方向指示器。

指示器

写真はおそらく後期のもので照明など無かったと思う。
「ワンマンバス」などというハイカラな仕組みができたのは40年代以降。
それまでは大きなガマ口を首からぶら下げた車掌さんがいた。
降車する人がいると手元のブザーを2度押し「ブッブッ次停車」と皆申し合わせたようにトッポジージョみたいな声で運転手に伝えた。
降りる人が居ない時はブザーは1回で「ブッ次通過」となる。

そうしていつも眺めてた運転席の横のピラーに必ず付いてたのが前出の円錐形の青いガラスの花瓶。

花瓶3
いつも綺麗な生花が生けられてて乗客の心を和ませてくれてました。

心が和むということももちろん理由の一つだけど、上の話のように母に連れられてバスに乗ってた当時の記憶がこの花瓶を見るとまざまざと甦るのです。
これを見るたびに母を思い出すのでバタバタしてても必ず思い出す瞬間ができるからいいかな・・と思ったりしてます。

買って早速トラックの運転席側ピラーに取り付けました。
さすがに生花は枯らせてしまいそうなので造花を数種類買って日替わりで行こうと思ってます。
でも田舎に行くと綺麗な花が咲いてたりするんでこれからの季節は出先で花を摘むのもエエな。

ちなみにトラックのマーカーの色が、青→ピンク→白LEDに変わりました。
アンバー色の反射板だったステップ横も白LEDで光らせました。
ナンバー照明も白LED。
ただヘッドライト内のポジションランプが青LEDなんですね。
これはちょっとイキったDQNみたいだからこれも白LEDに替えなあかんし、車高灯がアンバーのままなのでこれも白LEDにしないと目指す"ムーンライトエキスプレス"になりません。
ただ車高灯の入れ替えは穴あけ作業が必要だったり手が入り辛いところに配線があり、何よりも不安定な高い場所での作業になるので躊躇してるけど、やっぱ釣り合いが取れんからガンバるぞ!
でも車検毎に元に戻さんとダメなのね。
あ~めんどくさ。
プロフィール

満太郎

Author:満太郎
オートバイやクルマの過去の想い出や最近のもろもろの出来事を綴った中年親父のグチブログです

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