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TE71GT・KP61スターレット

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              (同型車)


コケて修理したKP61丸目でラリー、ダートラの真似事をしばらくやった後「やっぱりマイカーは普通に乗らなあかん」とTE71 4drGTに乗り換えました。
なんぼ普通といっても若い時だからそこそこ走って欲しい。
当時の国内ラリーは機関ノーマルという規定があったので、ストックで素性の良い車種がチョイスされてました。
下のクラスではFFになったEP71スターレット、上のクラスではジェミニZZ、TE71からランサーターボに移行してる時でした。
TE71はセダン、クーペ、ハードトップとありましたが、競技ではバランスの良いセダンが主流でした。
71やジェミニは競技をするにあたって補強は必須でしたがランタは地方競技レベルでは補強無しでいけたんですね~。

で、71。当時の彼女(現嫁)がガタガタするクルマ嫌や~!と文句抜かしよるんでフルノーマル。
昔乗ってた37ほどの勢いもなく面白くなかったんで短期間でまたまたKP61に乗り換え。

今度のは角目最終型(FR最終型)で、やっぱしノーマルで乗ってました。
この時6年間付き合ってた現嫁と結婚。
落ちつかなあかんと結婚後少ししてマークⅡに乗り換え。
初めての新車購入でした。
この後ビッグホーン、アルトワークス、クラウンと乗り継ぎ現在はレガシーを置いてます(全然乗らんので車検切れたまま放置)

雨の日はクルマがええけど、信号待ちや渋滞で並ぶの嫌い。
オートバイだったら渋滞知らず(^^)
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KP61スターレット (4輪でもコケる時はコケる)

kp61_1.jpg
             (同型車)


37レビンを壊してしまい次なる愛車はKP61スターレット。
友人からラリー仕様のを譲ってもらいました・・っていうか責任を取って買い取りました。

というのは友人所有時にレンタルしてダートラ競技に出ました。
1本目の反省を踏まえ2本目をスタートして小山を270度クルっと回るとこで「ひえ~」になってしまいました。
近くで見ていた所有者の友人曰く「突っ込みが他よりかなり速かった」とのことで、自分の予定ではリアがスライドしてクリッピングを過ぎて真っ直ぐ向いて全開~・・やったのに、2本目ということもあり轍が深く掘れていてタイヤがスライドせずにそこに引っかかってコテンといってしまいました。オフィシャルが数人飛んできて起してくれたんですけど、年配のおっちゃんが「あーこれやったらウチで40万コースやなー」とショックを上乗せするお言葉。
結局その友人から買取り修理して乗りました。






TE37レビン

当時勤めてた会社の同僚がラリーをかじってた為、当然の如く感化され次なる愛車はTE37レビン。
今にして思えば1750とかにボアアップされてたんちゃうかな?と思う。
ラリークラブに同型に乗ってるのが居たけどこっちの方がはるかに排圧が高くパワフル。
中古で入手してるので素性は不明。
入手した車で必ず試す最高速アタック。
メーター読みで「ふわわ」キロを越えました。
過去に「ふわわ」オーバーを経験したのはオートバイのRS750だけ。
排ガス規制のあおりを喰らってTE27より重く非力になってるはずの37でこんだけ走れば御の字。

徐々に手を入れラリー仕様に変貌。
ある日友人と南大阪の山に練習に出かけ、下りカーブで曲がりきれず道を外れた~!
アクション映画で車が横転してガケを落ちる時回転が加速してゆく。
これを身を持って味わった。
二転がり目でライトが消え、サイドウィンドウが割れ、フロントガラスに亀裂が走る。
こういう時は両手を天井に持ってゆくのがケガを防ぐ手段らしいがそんな余裕は無し。
必死でハンドルにしがみついてひたすら耐える。
ドンと立ち木にぶつかってようやく止まった。
とりあえず生きてるし下まで落ちんで良かったけどどちらが上か下かさえも解らない。
しばらくして運転席が下になってると解り助手席側の窓から立ち木を見ると・・・細い~!
車検証とお守りだけ取り出しそ~っと上の窓から脱出。
傾斜が急で上の道まで上がるのに数十分かかった。

ロールバーとフルハーネスシートベルトで身体が固定されてたのとで無傷だった。
後日JAFに引き上げてもらったら30m以上落ちてたらしい。
もちろん車は全損。
残ったのはクルマのローンと引き上げ費用の十数万の負債。

これに懲りて足を洗ってれば・・・

natukasi 00222


過去の愛車たち

はじめてのマイカーがKP47スターレット。
当時若者の間ではB110サニーが人気だった。
速い(そこそこ)、安い(当時15万前後、GX-5は別格)、カッコイイ!
A12エンジンは良く回った。シャコタン、ワイドタイヤ、全塗装が定番だった。

1970年大阪万博が開催され、閉幕後の万博外周は地元走り屋のサーキットと化した。
カペラロータリー、サバンナRX-3、サニー、チェリーX1-R、セリカ、レビン、トレノ、シビックRS・・
色んな車が走り回った。
中学生から高校生の年代だったボクらは車の免許が取れない年齢だったのでもっぱら観戦だった。

富士スピードウェイのTSカーレース。サニーの独壇場だったところに割って入ったのがトムススターレットをはじめとするKP47スターレットとシビックRS。
スターレットは確かDOHC化されて市販車とは別物だったと思う。
でも若者は動力性能よりカッコ優先。

サーキットでの雄姿に魅せられてKP47に乗り出したが、いかんせんOHV1200では所詮知れた走り。
当時大径だったφ50のマフラーとタコ足で音を楽しんだ。
今のようにエアコンなんてモノは無く、ダッシュボード下に吊り下げられたクーラーがまた効かない。
パワステなんて高級車だけのものでそんな機能の付いてないハンドルを小径化したもんでメッチャ重い。
なんだかんだ言って結構気に入ってた。
ただ中古で買ったこの車がちょいラリー仕様だったのがドロ沼への入り口だった。


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満太郎

Author:満太郎
オートバイやクルマの過去の想い出や最近のもろもろの出来事を綴った中年親父のグチブログです

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