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人生50年

今月初旬に辛い出来事があって何もする気が起こらずブログも放置してました。


1月11日、同級生の友人を亡くしました。
心不全とのことでした。

長距離大型トラックの運転中に亡くなったと別の同級生の友人から連絡がありました。
そう聞いても頭では理解出来ず亡くなったという友人に電話してみよか?と思ったりしました。

高校生で同級になり友人になりました。
卒業後しばらくは親交が続いたけど、世間一般のみなさんがそうであるように、お互い職場関係の友人が増えたり家庭を持ったりやらでだんだん疎遠になってゆきました。
40代半ばの時にふと「あいつらどないしてんのやろ?」と連絡を試みました。
訃報を伝えてくれた友人が家業を継いでいて連絡先が当時のままだったので簡単に連絡が取れ、約30年ぶりに3人の親交が復活しました。

しばらくして自分とその友人が時を同じくして求職活動するハメに陥りました。
50を過ぎてからの就職はとても困難で、建設関係を中心に10数個の資格を保有する友人でもおいそれとは見つかりませんでした。
毎日のように連絡を取り合い、情報交換やグチのミーティングを開きました。
一足先に自分が決まり、程無くして友人も決まりました。

お互い同じ職種なので共通のグチが数多くあり、ひんぱんにミーティングを開きました。
友人が車で来て缶コーヒーを買い、近所に車を止めてのミーティングです。
また、仕事中にもグチメールの交換を頻繁にやってました。

こっちは地場、向こうは長距離。肉体的にも向こうの方がハードです。
休みの日でも、翌日の荷降ろしが関東午前中なら昼から出発して行きます。
睡眠時間は普通の人の半分以下で大半がトラックの寝床です。
家族を養うために必要最低限の収入を得るために選んだ結果です。

親交が途絶えてた頃に友人はくも膜下出血で九死に一生を得ていました。
症状の差こそあれ、後遺症も無く無事に復活出来たのはまさに奇跡です。
友人は「オレはあの時死んでた方が良かった。ほなら保険金で家族は安泰やったんや」とよく言ってたが、殆ど死ぬか後遺症で苦しむ病気から奇跡的に復活したということは神様が「お前はもうちょっと生きろ」って言うてんねんぞ・・とよく話してた。

連絡を聞いた夜が通夜だったんで仕事が終わってから飛んでいった。
耳で聞いても自分の眼で確認するまで信じられなかった。
連絡をくれた友人が「眠ってるようやった」と言ってた通りの感じだった。

これは寝てるか一時的な心肺停止状態なんや・・と棺おけを揺すってみたが起きる気配が無かった。
自然と涙があふれ出た。
祖母などが80いくつで天命を全うし永眠するのと違い、親族でなかっても自分と同い年の50過ぎの若さで死んでしまうって・・・。
すごく重い。

関東で信号待ちしていて意識を失い、セミオートマのクリープ現象で前の2トントラックを押し、驚いた2トントラックがよけて前が開き信号機にぶつかって止まったとのこと。
救急車が来た時にはもう遅かったらしい。

オレは1日3時間寝たらOKと言ってたトラック野郎。
くも膜下から復活した際に医師から「タバコはあかんで」と言われながらも家以外ではちょこちょこ吸ってたトラック野郎。
クレーン関係の仕事がうまく行ってれば、その後の鳶の仕事もうまく行ってれば・・
トラック野郎になって愛車の上で殉職することも無かったろうに・・。

                                          合掌



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で、電気が~!

crm regasy

長期に渡って放置状態のレガシー。
灯油の買出しの為にエンジンをかけようとキーのリモコンロック解除ボタンを押すも反応無し。
ワチャ~!イグニッションをひねると案の定「カチッ」。

妻がジュリオで出かけてるからスクーターでも買いに行けない。
クソ寒いのに妻の帰宅を待ってられんのでCRMのケツにタンクをタイダウンで括り付けて買いに行きました。

ここんとこオートバイではバッテリー車に乗ってないので充電器も全然使ってなかった。
昔に弟が使ってた充電器を実家からパクってきてるヤツしかないのだが、かなりの年代モノ。
でも一応充電機能は生きてるようである。

メンテ時にはバッテリーレス車は不利だが、それを除けばバッテリーが無いのはありがたい。
レガシーのバッテリーは小一万だが、昔乗ってたビッグホーンなんかは3万くらいする。
おいそれとは交換できない。

熱っつ~!

朝の通勤途中、いきなり左足が「熱っつ~!」
反射的に走りながら足を上げて見てみると裾がビチョビチョ。
同時に我慢してた少〇のように勢い良く噴出する緑の液体。

CRMは冷却水のラインがキャブを経由させて寒冷時に対応してる。
車体を入手してすぐにコレとエアクリーナーBOXがキャブを触る時に邪魔になるのに気付き取り外した。
キャブに繋がってたホースはジョイントした。
このジョイント部のホースが抜けて噴出したわけである。

それとシリンダーヘッド後部と、シリンダーとクランクケースを繋いでるスタッドボルトを止めてるナットのひとつから冷却水が滲んできてる。
増し締めとナット座面に液体ガスケットを塗って誤魔化してるけど、近く両方のガスケットを交換しないといけない。

また、シリンダーヘッドに付いてるサーモセンサーが壊れてる。
なもんで朝エンジンを掛けると同時に水温警告灯が点灯~なんてこともある。


これだから水冷なんて面倒な仕組みは嫌いだ。
シリンダーを開ける時にいちいち水を抜かんとあかんし、左右のラジエーターを外さないとメンテできないケースもあるし・・
自分はまだトラブルに見舞われてないけどRCバルブなんてものが付いてるから定期的に掃除しないと固着するし、それを動かすモーターも故障するみたいだし・・。

まぁスクーターのように外装に覆われてないだけマシだと思うことにしよ~っと。

おかえり~!

間 寛平さんが日本に帰ってきました。
ニュースの映像を見たら、寛平ちゃんの風貌が冒険者のそれになってた。

毎日放送の「こんちはコンちゃん・・」で毎週中継していて近況を聞いてたけど、やってることはめちゃくちゃハードなのにお笑いの本分を忘れずに面白おかしくサラリと報告してはりました。

大阪まであと600ちょい。幾多の困難を乗り越えてきた寛平ちゃんにとっては屁みたいな距離。
まして日本国内だから機関銃を突きつけられることも無いし、車にも轢かれる可能性は薄い。

福岡で「卵かけご飯と明太子」を腹いっぱい食べて偉業を成し遂げてください!

1970年 ミニバイク

映像の投稿者が言われるように当時はミニトレやDAXなどのミニバイクに乗るときは目一杯の「逆ニーグリップ」が基本姿勢だった。
特に通常のタンク形状じゃないDAXは・・・

①シートの最前列に座り背筋はピンと伸ばす

②そのためにハンドルは前方に倒し立たせる

③足の開脚角度は限りなく180度 

④車線変更はクィックに、必要以上に行なう
(車線内での用の無いスラロームも大事。ただハイサイドのリスクも)

このライポジが出来ないと乗る資格なし!

たとえ70ccであっても2stのハスラー50やMR50、トップスピードでは4stのCB50にも適わない。
なのでこういった自己主張をする。


高校生の頃、学校の同級生でミニトレとハスラーに乗ってる奴等と日本海にツーリングに行った。
当時自分は大きいやつに乗ってたので地元の友人にミニトレを借りて仲間に合わせた。
現地でマフラーを外して爆音~♪とか言って楽しんだけど、マフラーを外した方がスピードが出た。
2stの構造上おかしいことだが、カーボンが詰まってたんだろう。
持ち主は全くのメカ音痴だから。
雨に祟られ、燃料も底を付いてきたが持ち金はわずか。
あまりの眠さに雨の中の休憩地点で爆睡。
二人に起されて「燃料調達したから行くぞ」と言われ出発。
40年近く前のことだし~、この件は自分は関わってないし~どういった「調達」かは時効と共に闇の中。

能勢まで帰ってきて焚き火で暖を取りながら爆睡。
ふと目を覚ますと火に向けて立てかけてあったオレのトレーナーが燃えてる~!

断片的というか殆ど記憶に残ってない青春のひとコマでした。






2011年スタート

あけましておめでとうございます
2011年が色んな意味で良い年になりますように!



1970年代半ば、街を行き交ってる日常の足はスーパーカブを筆頭にDAX、ミニトレ、バンバン、シャリー、モンゴリにCB50などのフルサイズ原付だった。

現在は原付~中排気量まで右を見ても左を見てもスクーター一色。
当時のAT車と言えば極々レアなシャリーくらいではなかったんじゃないかな?
カブやDAX、モンキーは自動遠心クラッチなのでミッションは付いてる。
当時のおばはん(現在推定80歳前後)もガチャガチャとシフトチェンジしてた。

そういう時代だったから原付ミッション車で入門した若者は、そのまま大きいクラスのミッション車へと移行していった。
また当時の二輪免許制度が「原付」「自動二輪小型」「自動二輪大型」しかなかったので、自分のようにいきなり大型からバイクの世界に入ってゆく者も多かった。

今では考えられないことだが、自分が免許を取った時は自動二輪でもヘルメット着用の道路交通法が無かった。
免許所得後しばらくはノーヘルで乗ってて、その後義務付けの1年間を経て着用が法律化された。この時点でも原付は除外で、原付のヘルメット着用義務は少し先。
義務付けの1年は「交通違反キップ」は無しで「警告書」だった。

そんな時代だったからオートバイに乗る楽しみ、いじる楽しみに溢れてた。
今の若者たちを見てると、オートバイが好きという「好きさ」が一般人のクルマに対する「好きさ」に似てると思う。
一般人の・・というのは競技をやってたり改造を施すのが趣味というのではなく、外観や内装をドレスアップしたり、洗車命といった類である。
スクーターの「見てくれ」にこだわったり、ほぼノーメンテでいつ何時でもセル一発でエンジンが始動し、問題なく走ることが出来る。また走りを楽しむのではなく移動手段のひとつとして乗ってる。といった感じ。

時代の変化なんだろな。
4輪にしても当時と今ではミッション車とAT車の比率が逆転してる。
免許制度では4輪ばかりか2輪でも「AT限定」があるようだ。

それはそれで良いと思う。
「好き」の基準は人それぞれ。
自分のものは自分で管理するといったタイプの人も居れば、乗るけどメカには興味が無くショップに丸投げといったタイプの人も居る。

ただ、4輪2輪共に運転が楽になり猫も杓子も運転する時代になってマナーの悪化は体感できる。
マナーの低下もさることながら特に4輪での「技術不足」の運転者の多いことに辟易する。
技術といっても基本中の基本のことで「回りを見ての状況判断」のことである。
モンスターペアレントなどの容認や個人情報の過保護などで「自己中」が増えてるんだろな。
そういった連中は自身の運転の仕方に問題が無いと思ってる。
実際は迷惑を被ってる周りが避けてくれてるから事故に繋がってないんだけどね。

合流できるタイミングでもないのに相手車を確認しながら交差点に進入してくるアホ。
対向車線に出て「ちょっとでも前に行かないと損」の精神ですり抜け、走行してるクルマより遅いスピードでクルマの直前に割り込んでくるボケ。
こういった連中はコトが起こらないと自身の低脳さに気がつかない。いや事故しても相手が悪いと思うかも知れんな。
どなたか人身御供になってこういったバカに遭遇したら避けることなくぶつかって思い知らせてやってください。
さすればちょっとだけそういった人種の人口も減ることでしょうw

あれ?ミニトレのこと書きたかったけど違う方向にいってしまった~
プロフィール

満太郎

Author:満太郎
オートバイやクルマの過去の想い出や最近のもろもろの出来事を綴った中年親父のグチブログです

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