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-3℃の世界

先週後半、兵庫県の龍野から秋田は最北部の鹿角市行き。その後青森市で積んで埼玉という行程でした。

龍野から日本海側に出てR27~R8で延々日本海に沿って北上。
前日の睡眠時間が短かったツケがいきなりやってきて若狭高浜でOUT。
道の駅に飛び込み爆睡。
「ぐわ~!また寝すぎたがな~!」
鹿角着は中1日の翌々日だから余裕はあるが、道が空いてる夜の時間帯を無駄にしてしまった。
まぁいつものことであるが・・。

敦賀を越えて福井に入れば温泉天国。
ここでは「マルカワ味噌」という手作り味噌の老舗がある。

越前~越中~越後と進む。
途中富山の道の駅「小松木場潟」でちょこっと寝る。
薄いスポンジマットだけだったベッドに長座布団を縦列に2枚追加しクッションがよくなったので、どうも寝すぎてしまう。

太平洋側は良い天気のようだが日本海側は鉛色の空に雨模様。
おまけに強風が吹き荒れ強風警報が続いていた。
投影面積の多いトラックはヘタするとコケてしまう。
停まってる時も荒海の船のごとく揺れて酔いそうだった。

新潟からはR8からR7に変わる。
いよいよ東北路の始まりといった感じ。
R7で新潟、山形と北上し酒田市に入ったら次は秋田。
ただ今回は秋田でも最北部。
十和田湖の南側である。

八郎潟まで来たら日本海側を離れR285で内陸に向かう。
それまで雨とみぞれだった天気が急変。
いきなり雪景色になる。

画像 004                画像 014うっすら雪が積もってる



まぁこれくらいの雪は大阪でも見かけるな。
広い場所を見つけ、タイヤ及び車の挙動テストをする。
急制動で制動距離を把握し、急ハンドルですべり具合を確認。
発進でのスリップも確認。
よし、だいたい解ったんでGO!や!

画像 012


画像 017 ゲッ!氷点下

画像 018 うわっ!また下がっとるし~


早いとこ卸し地近くに行って寝よ~。

画像 019 寝床に選ばれたサンクス駐車場の朝


画像 021
画像 020 だんだん雪深く・・


画像 021 画像 023 画像 048 青森に入ったらもっと雪深く・・


画像 037
画像 042

東北自動車道は結構な積雪で車線はもちろん路肩もわからない。
そんな中を地元ナンバーはビュ~ンと追い越してゆく。
それも大型トラックやローリーがである。

乗用車に抜かれるのは仕方ないけど大型に抜かれるのはプライドが・・・
大阪ナンバーを背負ってるので、「雪があったら都会モンはヘタレ~」と思われるのもしゃくだし~。

・・・と思ってたらまたまた抜かれる。
走行車線は交通量が多く雪が踏み固められてる。
追い越し車線は積もり放題のフカフカ路面。
その追い越し車線を90~100キロで追い抜いてゆくのである。

画像 046 小さくて見難いけど80キロ走行中


こっちも80で走ってるんやけど~。
試しに80キロ走行からアクセルを踏み込んでみる。
トップギアだけど直6、7千数百CC、200数十馬力、トルクは知らん・・のディーゼルエンジンは強力なトルクでホイールスピンを誘発。若干のタコ踊りをして肝を冷やす。

コリン・マクレー(だけに限らんけど)なんて雪道もドライ路面も変わりなく走るやんけ!
「俺はマクレー、俺はマクレー」と自己暗示をかけるも、マクレーには装備されていない「ビビリ・リミッター」が作動。

だって80で走ってても常時ハンドル修正だし、ちょっと足を取られたら1mくらい右に左にずれるし、何と言ってもぶつけたりしたら自腹なんだも~ん・・ということでここは大人になってマイペース。
まぁこれくらいで走ってたら「トロい」とは言われんだろ。
何せ「大阪」ナンバー代表だからな。


その後青森市内の積み地でトラックを見たら上の方は雪だらけ、下回りは全て氷に覆われツララだらけ。
そいでもってナンバープレートは・・・・

地域表記の大阪はおろか数字もすべて凍りついた雪の塊に覆われ何も見えん!
クソー!これだったらヨソ者か地元民か判らんかったんやんけ~!



ちなみに後で地図を見たら青森市ってスゴいとこにあるのね。
津軽半島と下北半島の根元。
こりゃ寒いはずだわ。




青森から埼玉に向かってる途中、東北道上の岩手県内走行中に携帯に地震速報が入りました。
初めてのことで携帯は赤いランプと共に変な音で着信を示してました。
自分も含めて周りも皆無視してたけど、本当は路肩に寄せて止まらんとあかんかったんやね。
岩手で給油したGSでは自動的に機械が止まり結構な揺れを感じたそうでした。











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満太郎さん。雪路は危ないから気をつけてね!遅く走っても都会ナンバーやからエエやないですか?悔しかったら阪神高速環状線で勝負したったらエエやないですか?あそこは、他県民には迷路やからね!

No title

気をつけなはれ~
こっちがドキドキしてしまいます。
安全運転が第一です。

ちょっとしたロードムービーを見てるみたい・・・
ってそんなのんきな事言ってられない状況ですね。
風も異常に強いし困ったものです (ーー゛)

無事のお帰りを願います。

そして神戸

>shibaさん  越後~東北は猛烈な暴風でした。風速40メートルを記録した所もあったそう。  この暴風で島が流されてソ連や北朝鮮に引っ付いたら明日から他国人になるのか~と思ってましたW

そして神戸

>shibaさん  越後~東北は猛烈な暴風でした。風速40メートルを記録した所もあったそう。  この暴風で島が流されてソ連や北朝鮮に引っ付いたら明日から他国人になるのか~と思ってましたW

そして神戸

>パスタおやじさん いや~、青森の雪ははんぱねぇ~でしたわ。大阪にほど近い兵庫県の豊岡市の映像がテレビで流れてたけど、いよいよ始まったな~、夏は日本一暑く冬は豪雪&低温地獄~。  大阪でよかった~W

そして神戸

>猫の顔さん
結局凍り付いたナンバープレートでどこの人間が判らんかったんですけれどね~W

阪神高速はドあつかましささえあれば快適に走れますW
迷路はなんと言っても首都高。車線は狭いし見えるのはビルヂングばかり・・・
風吹裕也はすごいな。壁しか見えない車高の低い車で庭のように走り回るんだからW

No title

はじめまして。
自分は東京在住ですが同じ1958年式です。
ミニトレ、Zなどほぼ同じ車歴ですね。懐かし過ぎます。
Zに乗ってる写真の足下(靴)を見て同じのを履いてい
たので一人で笑ってしまいました。布製のモカシンでは?
振り返ってみると昭和30年代から50年代が一番良い時代
だった様な気がしますね。
あと10年は現役生活が残っていますから、健康第一で
頑張りましょう。

風吹裕也

いやまた、懐かしい名前です。これは原作者の池沢さとし氏が昭和49年ごろに事故死した「風戸裕」の名前をもじってつけた名前です。なお、風吹裕也の最初の愛車はロータスヨーロッパではなく、「ホンダのナナハン」です。ご存じない方がほとんどでしょうな。姉ちゃんは風吹ローザとかいうモデルではなかったか?懐かしいな。37年前だな。

No title

>亮さん

はじめまして。’58年式とはまさにドンピシャですね。

はじめてオートバイと触合い、夢中になってたのが40年近く前だとは思えません。
つい昨日のように思えます。

その頃の同級生の友人が居て、思い出話をするので尚更です。
ただ、そのうちの一人が世を去ってしまったのが今でも寂しいです。

ちなみにZⅡに跨ってる時の足元は「VAN」の”ブレーバー”です。
あの頃はモカシンも流行ってましたが、アイビーから派生した”ニュートラ”ファッションの連中が好んで履いてました。あとヤンキー系もw
あと同時によく履いてたのが”チョン靴”。
いわゆる”カンフーシューズ”ってやつですね。
もちろん当時大ヒットした名作映画「燃えよドラゴン」の影響です。

東京の昭和40~50年代の思い出話も是非聞きたいですね。
お互いいつ逝ってもおかしくない年代にさしかかりました。
身体のメンテにも気をつけてください。
またよろしくおねがいします。

No title

>猫の顔さん

ロータスヨーロッパには苦い思い出がありまして、16の時愛車ZⅡでのほほ~んと走ってたら対向車線にロータスヨーロッパ。
「うわ~やっぱりカッコええなぁ」と見とれてたら、信号待ちで止まってた安モンの国産車に気づくのが遅れ「ゴツン」。
低速だったのと、こちら側は前輪だったのでへこみもなく許してもらったように記憶します。

しかし風吹クンも早瀬クンもたいしたもんだ。
こっちは首都高を走る時はナビの画面と案内標識を凝視し、「シーツー、シーツー」と呪文を唱えながら行きたい方向を確認しながらの走行です。

プロフィール

満太郎

Author:満太郎
オートバイやクルマの過去の想い出や最近のもろもろの出来事を綴った中年親父のグチブログです

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