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古き良き昭和の時代のバス・・・に付いてた花瓶

前々から欲しいと思ってたやつのひとつを買っちゃいました。
金額の数字自体は知れてるけど、これがこの値段!というので躊躇してました。
100均にもありそうなアイテムなので100均はじめあれこれ探したけど見当たらなかった。
仕方なしに安城と音羽にある24時間営業のトラックショップ「車留満」(シャルマン)で購入。
¥1890というお値段でした。

花瓶2

まぁ今どき大量生産してないからコスト高もやむなしと自分を納得させました。
・・にしてもトラック用品は高い。


昭和30年代~40年初頭、当時大阪は枚方市の香里団地に住んでました。
普段の買い物は地元の公設市場やピーコックに行くけど、ちょっとしたものを買う時は香里園にあるスーパーマーケット「シロ」(→ジャスコ→イオン)に行くのが住民たちのステータスでした。
スーパーマーケットと言っても現在のそれらには遠く及ばない場末のシネマみたいなもんでした。

で、それよりも大きな一大イベントが大阪にあるデパート(百貨店ではなくデパート)に行くということでした。
もうそれは大変なことで、よそ行きを着て出かけるのです。
京阪沿線だったので北浜の三越が行きやすかった(当時は天満橋の松坂屋はまだ無かった)けど、京橋で国鉄の省線(現JR大阪環状線)に乗り換えて大阪駅で降りたら、そこにそびえ立つのが阪急デパート。
巨大な8階建てくらいのビルディングは圧巻でした。
もちろん目当ては屋上遊園地と大食堂でのお子様ランチ。
よく母に連れられて行ったものです。

そうしてお出かけをするためには京阪電車に乗らなければなりません。
その電車に乗るには駅まで京阪バスで行きます。
枚方市駅、枚方公園駅、香里園駅。
共に同じくらいの距離ですが、香里園駅が一番大阪寄りなのでその後の電車賃が若干安く済むので香里園駅を多用してたように思います。

ブタバス

我々子供の間では「ブタバス」と呼んでたボンネットバス。
小学校中学年あたりまで現役で走ってました。
子供=乗り物好きの公式はほとんどの男の子に当てはまり、もちろん自分も例外ではありませんでした。
運転席直近に座り運転手の操作を食い入るように見つめる。
シンクロなんて未来的な機能は装備されてないので、運転手独特のサンダル履きの足は目まぐるしく動く。
当然パワーステアリング?何でっか?それ?だったので異様に大径の細いハンドルを右に左に。
曲がる時にバスの横面から出るのが方向指示器。

指示器

写真はおそらく後期のもので照明など無かったと思う。
「ワンマンバス」などというハイカラな仕組みができたのは40年代以降。
それまでは大きなガマ口を首からぶら下げた車掌さんがいた。
降車する人がいると手元のブザーを2度押し「ブッブッ次停車」と皆申し合わせたようにトッポジージョみたいな声で運転手に伝えた。
降りる人が居ない時はブザーは1回で「ブッ次通過」となる。

そうしていつも眺めてた運転席の横のピラーに必ず付いてたのが前出の円錐形の青いガラスの花瓶。

花瓶3
いつも綺麗な生花が生けられてて乗客の心を和ませてくれてました。

心が和むということももちろん理由の一つだけど、上の話のように母に連れられてバスに乗ってた当時の記憶がこの花瓶を見るとまざまざと甦るのです。
これを見るたびに母を思い出すのでバタバタしてても必ず思い出す瞬間ができるからいいかな・・と思ったりしてます。

買って早速トラックの運転席側ピラーに取り付けました。
さすがに生花は枯らせてしまいそうなので造花を数種類買って日替わりで行こうと思ってます。
でも田舎に行くと綺麗な花が咲いてたりするんでこれからの季節は出先で花を摘むのもエエな。

ちなみにトラックのマーカーの色が、青→ピンク→白LEDに変わりました。
アンバー色の反射板だったステップ横も白LEDで光らせました。
ナンバー照明も白LED。
ただヘッドライト内のポジションランプが青LEDなんですね。
これはちょっとイキったDQNみたいだからこれも白LEDに替えなあかんし、車高灯がアンバーのままなのでこれも白LEDにしないと目指す"ムーンライトエキスプレス"になりません。
ただ車高灯の入れ替えは穴あけ作業が必要だったり手が入り辛いところに配線があり、何よりも不安定な高い場所での作業になるので躊躇してるけど、やっぱ釣り合いが取れんからガンバるぞ!
でも車検毎に元に戻さんとダメなのね。
あ~めんどくさ。
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昔のバス

なかなかのええ話やないですか?写真のバスはいすゞのBX120とかいう型式でかなりのロングセラーで、私の故郷では、70年代の中期頃までみた覚えがあります。
車掌のトッポジージョ声は、雑音の中でも通りやすい様にと高周波の音声を出すためです。花瓶はええ話です。雰囲気和みますよね?

トッポジージョの声

あの声はそういうことだったんですか。
悪いもんでも食うて変な声にでもなったんか?と思ってましたわw

今のバスは機械化されて風情がないですね。
シフトも赤ちゃんのおもちゃみたいなやつで超ショートストローク。
やっぱシフトは床からニヨ~っと生えててゴリっと言わしながら50センチくらいストロークさせるのがエエ。



シフトフォーク

アイドルでフラフラしているやつで、床面にはゴムのブーツがお約束の「破れああり」で、ふにゃふにゃにくたびれているのが正しい姿です。床は木製。掃除後は揮発油の匂いがするもの。こういう雰囲気が昭和のバスです。

バスの型式

ネットで調べたら、いすゞのBXD120でした。懐かしいなぁ!

ダブルクラッチをさらにダブルでやってようやく入る。
昔の道だから狭いし軒があちこちで出てる。
パブリカなどを駆るブルジョワジー階級は運転がヘタ。
そんな環境で運転してた昔の人はエラい。

No title

香里団地から香里園駅までは坂が多くて狭い道
京阪線のT字路
丸いワッカ(滑り止め)コンクリート舗装の場所はよく混んでましたなw

祖母に連れられて成田山よく行きましたが バスの停留所が坂の下
子供心に「バスのくせに上まで行けや!」と思ってましたw

その坂の途中に怪しげな「骨董屋」ありませんでした?

また昭和42年ころ 枚方パークに悪友と自転車で行って 
東側の駐車場金網から侵入した思い出も(時効

ありましたなあモンキーパーク・・・
初代マツダキャロルにでっかいバンパー付けてたアトラクション?
庶民に車は高値の花だったのでしょう

わたくし実家が京阪沿線森小路

No title

masaさん、はじめまして。
ひらかたパークは何十回も行ってますね。
成田山も数回行ってるけど骨董屋は記憶に残ってません。
幼かったので興味を示さなかったんでしょうね。

枚方市駅からちょっと枚方公園駅寄りの「うみのほし幼稚園」に通ってたんですが、
ある日友達と二人帰りの幼稚園バスに乗り遅れ、香里団地まで歩いて帰ったことがありました。
今思えばよくたどり着けたと思います。
当時は交通量も知れていてバス道を歩いてもリスクは低かったんでしょう。

香里園から香里団地の道は長く通ってませんが、住宅の植え込みや街路樹を避けながら運転手さんがめまぐるしくハンドルを切ってたのは記憶にあります。
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Author:満太郎
オートバイやクルマの過去の想い出や最近のもろもろの出来事を綴った中年親父のグチブログです

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