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1975

補正100-8小VANFIAM3連ホーンはZⅡ標準装備w補正100-7小パラララ



1975年の熊本は”やまなみハイウエイ”です。
当時全盛だったVAN。
VANのスイングトップ、コッパン(コットンパンツ)、ブレーバーで身を固めてます。

石津謙介氏が大阪市南区で創業した石津商店がVANの前身。
VAN設立後ドリズラータイプのブルゾンをスイングトップと命名。
以後この型のブルゾンはスイングトップが通名となる。

300px-VANブランドタグ


市販されてたスイングトップの襟の形はドッグイヤータイプが多くかった。
後年20代前半の時に2万数千円出して買ったバラクータのG9もドッグイヤーでした。

baracuta-g9-slimfit-coats.jpg

これはホント秀逸なブルゾンでした。
風を通さず暖かい。袖のフライスも柔らかくしっかり締めてくれる。
表地はきめの細かい織り目の上等な生地。裏地のタータンがチラっと見えるのがお洒落。
元々はゴルフウエアとして開発されたのだが当時はサーファーに人気があって、「タン」が人気色でした。
ゴルフウエアだけあってオッサンに良く似合うので今欲しいアイテムです。

戻って1975。
ズボンはズボンでパンツなんて小洒落た呼び方はしなかったが、なぜだか「コッパン」は言った。
綿パンでもなく、チノパンなんて語句は知らん。
コッパンで裾17センチが良かった。
ちなみにポケットは「立てポケ」がオシャレだった。斜めポケはイモ。

靴は白のスニーカーが良かったけど画像のブレーバーも流行ったなぁ。
ちょっとヤンチャな連中の間では定番。
ニュートラ(ニュートラディッショナル?)なるカテゴリーが生まれ、ニットのズボンにブレーバーが多かった。

アイビーと同時進行して流行してたヨーロピアン。
アイビーのスリムやストレートに対し、裾の開いたラッパズボン。
JUNが代表格のメーカーだったけど、デパートのバーゲン(当時はファッションビルなんてあんまり無かった)では
VAN,JUN、TACが常連で時々EDWARDが加わった。

アイビーファッションはすたれ気味の時期で、ヨーロピアンも勢いを失ってた・・・が。
世の若者が全員感化されたと自分は思ってる「傷だらけの天使」が放映されてたのがこの頃。
このドラマは我々若者に衝撃を与えた。
日本中が木暮 修と乾 亨になった。

亨(水谷豊)のようにポマード(やチック)でベッタリのオールバックにし、白いTシャツにスカジャン。
・・もやったし、何よりも修(ショーケン)のmen'sBIGIファッションがめちゃくちゃカッコよかった!

ぼちぼちと増え始めたファッションビルに入るショップ。
そんな中でデザイナーズブランドを扱ってる店で常時ウインドショッピング。
それまでは阪急ファイブの「五番館」でJUNなどを買ってたけど、アルバイトしてもらったお金を握りしめて富国生命ビル
の「三愛」でBIGIやムッシュニコル、グラスの服や靴を買う。
それらを身に纏ったら、身も心もショーケン!

kizudarake.jpg

オープニングのコレは全国の若者全員がやっただろう。
トマトとコンビーフ、牛乳を買ってきて胸に新聞紙を突っ込みむさぼり食う。
コンビーフのマズさに辟易するが我慢。
牛乳のフタを口で開けてググっと飲む。
BGMはもちろん傷だらけの天使。
間違っても綾部貴子(岸田今日子)の不気味なクラシックを流してはいけません。


あの日のひとコマ

補正100-7小 補正100-6小 補正100-5小

補正100-4小 補正100-3小 補正100-4小

これはたしか前年の沖縄
補正100-12小

笠かぶったヤツとサングラスのヤツがブレーバー

並川 山根 臼田 ワシ 山本







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Author:満太郎
オートバイやクルマの過去の想い出や最近のもろもろの出来事を綴った中年親父のグチブログです

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