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37年前

rs750 3




懐かしい写真が出てきた。1974年だと思う。
友人達と九州にツーリングに行った時のひとコマのようである。
色褪せたプリントをデジカメで撮ったので見苦しい画質で解りづらいと思うけど、フォークにはFIAM3連ホーンが光ってる。
ゴッドファーザー愛のテーマの5連ホーンが良かったけど、オートバイにはカサが高すぎ。
リヤに後ろ向けに付けてるヤツも居たが、ホーンが相対する敵は前方に居るから後ろ向けはチョットなぁ・・。

この時はヘルメットの着用が法で義務付けられてたが、1年前はノーヘルでOKだった。
免許を取って初めてのオートバイを貰い受けにオヤジの会社に行った時も身ひとつで行ってノーヘルで乗って帰った。
その後ノーヘルは「警告キップ」を切られるようになり、すぐに義務付けになった。

このオートバイは色んな思い出を残してくれた車両なんだけど、また乗りたいと思ってもまず金銭的に一生不可能。

バック・トゥ・ザ・フューチャーできたら過去に乗ってたオートバイやクルマ、処分せずに全部残しておくのになぁ~。

1970年 ミニバイク

映像の投稿者が言われるように当時はミニトレやDAXなどのミニバイクに乗るときは目一杯の「逆ニーグリップ」が基本姿勢だった。
特に通常のタンク形状じゃないDAXは・・・

①シートの最前列に座り背筋はピンと伸ばす

②そのためにハンドルは前方に倒し立たせる

③足の開脚角度は限りなく180度 

④車線変更はクィックに、必要以上に行なう
(車線内での用の無いスラロームも大事。ただハイサイドのリスクも)

このライポジが出来ないと乗る資格なし!

たとえ70ccであっても2stのハスラー50やMR50、トップスピードでは4stのCB50にも適わない。
なのでこういった自己主張をする。


高校生の頃、学校の同級生でミニトレとハスラーに乗ってる奴等と日本海にツーリングに行った。
当時自分は大きいやつに乗ってたので地元の友人にミニトレを借りて仲間に合わせた。
現地でマフラーを外して爆音~♪とか言って楽しんだけど、マフラーを外した方がスピードが出た。
2stの構造上おかしいことだが、カーボンが詰まってたんだろう。
持ち主は全くのメカ音痴だから。
雨に祟られ、燃料も底を付いてきたが持ち金はわずか。
あまりの眠さに雨の中の休憩地点で爆睡。
二人に起されて「燃料調達したから行くぞ」と言われ出発。
40年近く前のことだし~、この件は自分は関わってないし~どういった「調達」かは時効と共に闇の中。

能勢まで帰ってきて焚き火で暖を取りながら爆睡。
ふと目を覚ますと火に向けて立てかけてあったオレのトレーナーが燃えてる~!

断片的というか殆ど記憶に残ってない青春のひとコマでした。






ミニトレ50&KSR50&DAX

齢40過ぎの頃、ふと思い立って高校時代のオートバイ仲間の同級生、どないしてるやろ?
と家業を継いでそうなヤツの電話番号を図書館の電話帳で調べて連絡し20数年ぶりに交流再開。
そいつともう一人が網にかかった~w

その友人は相変らずオートバイをいじっており、バラバラになったミニトレを貰った。
足らない部品は流用できるようなものを入手し組み上げて乗ったけどすぐに飽きて、パーツBGや何とか言う個人売買の情報誌で見つけた(当時オークションなんて無かった)YSR80を買って来てエンジンを載せ換えた。
その後KSRを買ってボアアップして乗ってたりしてたら会社の同僚がDAXの出物があるとのこと。
速攻店に行って安価で入手。

DAXには思い入れ・・というほどでもないが憧れがあった。
オートバイの免許を取って大きいのから乗り出したので当時周りが乗ってたDAX(今のようにスクーターなど無い時代だったんでシャリーやDAX、モンゴリがスクーター代わりだった)に乗る機会が無かった。
もちろん人に借りてDAXのクラッチ付き、自動遠心、CB50,MR50,ハスラー50などは乗り回してた。
ついでに言うとSS500マッハⅢ、SS750、GT750ウォーターバッフアロー、ハスラー400、RT360、RD250、CB550F、CB400F、CB750・・と今では超々高級車となってる面々は結構借りて乗った。
DAXで4ミニの楽しさを教えてもらい色々勉強させてもらった。

その後、オートバイの免許が欲しくなり40越えで改めて取りました。
あ、今回は教習所ね。試験場に度々通う時間無いし~、何回も通ったら教習所の金額と変らんし~。
同じグループに乗りなれてない人が居たんで教官は付きっきりでコッチには「適当にやっといてください」やもんな。教習代割引せぇ!


DAX 002
DAX

ヤマハパッソル パッソーラ

4輪だけの生活に多少不便を感じてた時にTVで「探偵物語」が放映されてました。
松田優作の乗る白いベスパを見て「これや!」と感じ、自販機にタバコを買いに行ったついでに近所のオートバイ屋さんで白いヤマハパッソルを注文。タバコを買いに出ただけだったので財布に入ってた五千円を手付けで置いてきました。
当時スクーターのハシリが出だした頃で車種なんて知れてました。
最高速50キロ弱だったと思うけどチャリより楽だしそこそこ活躍してくれました。

その後結婚し、妻が独身時代に乗ってたパッソーラを引き連れて嫁に来ました。
パッソルの後継なので多少の進化はあるけど、所詮創世記のスクーター。
動力性能に不満を感じ近所のオートバイ屋さんで白いDIOを買いました。
何故白かというと勤務先の隣の会社のOLさんが通勤に白いDIOに乗ってたのがカッコ良かったからです。
OLさんと同じ豊中のオートバイ屋さんで買いました。
ウエイトローラーだけ変えて乗ってたけど他のノーマルよりちょっとだけ速いのが快感でした。
結構長く乗ったけど娘が幼稚園児の時に運動会を見に行った時にパチられてしまいました。


パッソルs50_tyuko_max
パッソル

パッソーラbike_33
パッソーラ



SS500は速い!SS750はもっと速い!SS350も速い!

SS500moblog_632679


中学時代の同級生の友人で時々一緒に遊んだ某大物の孫がSS500に乗ってた。
信号グランプリでは白煙と共にSS500が先行。2~3速で追いつき追い抜かす。
ボクのZⅡは大当たりエンジンでローで120キロ出た。
仲間のZⅡはローで100以下。
まさか新車で間違えてZ1のエンジンを積んでしまったとか・・・
それかたまたまラインの人間がポップ吉村ばりの熟練工ばかり揃ってたとか・・・
最高速チャレンジは夜に試したので「ふふわ」を越えたところで恐くなってアクセルオフ。

他にもSS350やSS750との暗黙のバトルってのはしょっちゅうあったが、とにかくSSは速い。
SS750には当然ながら負けるが、乗り手によってはSS350も脅威。

六甲の下りでSS350に追いかけられまくった経験がある。
当時は4スト2ストの違いや車重、シチュエーションに関係なく 排気量大>排気量小 と思ってた。
頂上の駐車場の横を走りすぎた時スタートしてくる車輌が見えた。
よっしゃ~引き離したる~!とガンバッてステップやスタンドを擦りながら降りていったんだけど一向に離れない。
腕の差なんて頭の中に無い。地域からいって片山敬済かも知れんが知ったこっちゃ無い。
こっちは750、向こうは中型クラス。負けるはずが無い・・と思ってた。

結果神戸に降りるまでピッタリ着かれてしまった。
ホーンを短く「ピッ」と鳴らしお互い手を上げて別れの挨拶。
車輌を見るとSS350だった。

山道で精魂尽き果てたボクはR2とR171を使って逆瀬川まで帰ったとさ。
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満太郎

Author:満太郎
オートバイやクルマの過去の想い出や最近のもろもろの出来事を綴った中年親父のグチブログです

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